2004年5月3日:静かな1日

 入院5日目。今朝は霧雨が降っていました。町は相変わらず静かですね。

 容態は安定。というか、実のところ体にはだるさが殆どなく、意外と調子いいです。4月末、再入院しようか、再手術受けようかと悩んでいた時、食事は一応出来ていたのですが、今回の入院前、毎日午後にやってくるお腹の張りのせいか、とにかく気怠い感じがしてました。プールに行けた日でも、とにかく午後、お腹が張り始めると気分的にダメだったんですね。今、お腹の張りが一日を通して全くなく、ぺしゃんこの状態ですから、午後に張る感覚が来ないだけでも随分楽です。不快感としたら、鼻に入っているチューブが鼻腔でこすれて、少し腫れているってことぐらいでしょうか。まあ、食べられないという苦痛はあるのですけど、人間、不思議なもので、お腹が破裂するかもしれないぐらいの痛みを経験してしまうと、それを乗り越えてとにかく死なずに済んだことだけでもめっけもんで、加えて、普通だったら腸管破裂で腹膜炎に至ること必至の状態だったのが、遊離ガス所見があるにもかかわらず腹腔内感染に至らず、炎症所見が出ていないって言うことだけでも本当にラッキーなわけで、治療のための絶食で一時的に食べられないことぐらいはしゃあないなあと、今回は或る程度割り切れています。
 「こんなことならもっと早くに何とか出来たんじゃないの?」 と、回りの人は思うでしょう。しかし、腸閉塞ってのはホントにワカランもんで、人それぞれに状態も違う。専門の医師でも考え方は千差万別。切った方が良いという意見もあれば、保存治療がよい、という意見もあり。正直言って、自分でも誰の意見を参考に、どう決断して良いのかがわからない状態でずーっと悩み続けていたんです。今回の緊急入院直前には、心理的にその極限だったです。それで両親と最終的な相談をしようと思って、田無の実家に向かったんです。結果的には、行った日に、その相談する前に神様から早急なる決断を迫られたんだと言えるかも知れません。
 救急車で運ばれる車内で、「ああ、今回はマジで死ぬかもしれないなあ」と、覚悟をしましたです。でも、山を越えて、結果的に思った事は「人間って、そう簡単には死なないもんなんだなあ」と。ただし、死なないイコール、その後のQOL(Quarity of Life: 生活の質)が良好、ということではないですから、その点はまた、今後の課題でもあります。世の中、様々な病気があって、所謂健常者として生きることが出来ない人が沢山います。病気を治す、ということは、限りなく健常者に戻る、ということだと思いますし、治療・療養は、それを目標とするのが当然なんですが、どうもボクが見る限り、医療現場では、それについての妥協があるような気がして仕方がありません。特に難治性の腸閉塞の場合、その傾向が強い。当然でしょう、原因がはっきりしない病気なんですから。でも、この妥協がいやなだけに、何とか完全に治す方法はないのだろうか? と、必死に情報を探しました。でも、それが無いんです。こうしたらかなり良くなる、っていう情報が無いんです。生きてればいいじゃないか? と、思われるかも知れません。もちろん、前述のように、障害を抱えつつ生きている人も沢山いるけど、やっぱ嫌ですよね、そうなるのは。だから悩み続けて躊躇してました。手術を受ければ治るかもしれないけど、今よりももっとひどくなるかも知れない。その可能性・確率、どっちに触れるかも、予測できない。そんなのってアリ? そんな手術、受けるべきかなぁ・・・とね。

 5月6日か7日に、イレウスチューブからガストログラフィンを注入して造影検査が実施されます。その結果が分かれば、はっきりすることでしょう。出来ることなら、腸管狭窄・捻転等の所見が出ないことを祈るばかり。しかし、そうだとしても、その後再び保存治療というプロセスで行けば、これまでと変わらない訳で、また再発の懸念もあるし・・・本当に考えたらキリがないでしょ? 或る意味、狭窄等の所見が見つかって、しっかり手術で解除・切除したほうが気持ちの上で割り切れるのかも。そんなことも仄かに頭の片隅で考えてはいるんです。


 昨日、おふくろと、嫁さん、息子が見舞いに来てくれました。息子は早く田無の実家に遊びに行きたかったようなのでさほど引き留めもせず、午後4時前にタクシーに乗って帰っていきました。

 今日はおふくろが嫁さん・息子の相手で忙しいので、家族の見舞いは無しです。ずーっと独りもいいですね。養老猛司さんの「バカの壁」なんぞ読みつつ、静かに過ごしています。午前中は蒸しタオルで体を拭き、下着・病衣を着替えました。午後は看護婦さんに洗髪もしてもらいました。久しぶりにすっきりです。風呂にも入りたいならばチューブを巻いて固定しての入浴も可能だということですので、明日あたりは風呂にも入ろうかな?

 そうそう、4月29日、田無の実家に来るとき、自分の車で来て、路駐のままだったので、このままでは不味いということで、ラーマちゃんとメール・携帯で連絡取り合って、明後日、回収してもらえるようにお願いしました。ついでに病院にも寄って頂こうということで。

 明日はひろすけ師匠が蔵書の漫画を持って見舞いに来てくれるとか。明後日はラーマちゃんと、所沢のH君。ぼちぼちお見舞いにきてくれる仲間がちらほら、ってところです。今日はこのあとも静かに過ごします。

 つづきはまた。

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